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札幌家庭裁判所 昭和39年(少イ)5号 判決 1964年5月11日

被告人 N(昭一九・八・一二生)

主文

被告人を懲役二年に処する。

この裁判の確定した日から五年間右刑の執行を猶予する。

被告人を右猶予期間中保護観察に対する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、少年であるが、○橋○、○泉○と共謀のうえ、昭和三八年八月○○日午前二時ごろ、札幌市南○条西○丁目○○旅館こと○田○雄方において、○谷こと○舎○江(昭和二二年三月二三日生)に氏名不詳の男一名を相手として売春させ、もつて満一八才に満たない児童に淫行をさせたものである。

(証拠の標目)

一、被告人の当公判廷における供述

一、被告人の司法警察員および検察官に対する供述調書

一、○谷こと○舎○江の司法巡査に対する供述調書二通および検察官に対する供述調書一通

一、○橋○の司法警察員および検察官に対する供述調書

一、○泉○の司法巡査に対する供述調書

一、東利尻町長作成の○谷こと○舎○江に関する身上調査照会に対する回答の書面

一、中居事務官作成の電話聴取書

一、札幌市長の被告人に関する身上調査照会に対する回答の書面

(法令の適用)

被告人の判示行為は、児童福祉法三四条一項六号、六〇条一項刑法六〇条にあたるので、所定刑中懲役刑を選択し、所定刑期の範囲内で処断すべきであるが、前掲各証拠と被告人に対する少年調査記録によると次のような点が認められる。すなわち、被害者たる少女は、当時、家出中で、本件に至るまでの行動には、軽卒な点も見受けられるもののそれまでとくに非難さるべき経歴をもたず、年齢わずか一六歳にすぎない身であり、被告人は、同女をやくざ仲間から五万円の約束でいわば買い受け、いやがる同女に暴力をふるい、売春を無理に承諾させたうえ、自分等の監視のもとに街頭に立たせ、本件売春を行わせてその対価をまき上げたものであつて、共犯者中もつとも主動的地位にあり、その行為はまことに悪質である。しかも、被告人は昭和三七年ごろからやくざ仲間に入り、同年末ごろ以降は、正業につかず徒食する生活をつづけていたものである。しかし、一方、被害者が早期に逮捕されたため、実際の売春は一回にとどまつているし、被告人は、二〇才に達するまで現在なお三月を残す少年であり、これまで、交通違反以外の犯罪の前歴を全く有せず、保護処分等を受けたことはないうえ、本件については、昭和三九年三月五日内妻にすすめられ自ら警察に出頭し、現在後悔の色を示しており、やくざ仲間からも抜け出したい気持を抱き始めているなど酌むべき事情をもうかがうことができる。したがつて、その他諸般の事情を考慮し、この事件については、被告人を懲役二年に処し、なお相当期間、刑の執行を猶予するとともに、この間保護観察に対するのを相当と認め、少年法五二条三項、刑法二五条一項、二五条の二、一項を適用し、本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予し、その間被告人を保護観察に付すること。

(弁護人の公訴棄却の主張に対する判断)

弁護人は「被告人は少年であるから、本件は、少年法三七条一項により家庭裁判所に起訴すべきではなく、地方裁判所に起訴すべきものであるから、本件公訴は棄却されるべきである。」と主張するので、以下この点について判断する。

弁護人が右主張の理由として第一に述べるのは、少年法三七条一項は、「成人の事件」という文言を用いており、少年の事件を除外していることは、文理上明らかだということである。

たしかに、少年法三七条一項は、「次に掲げる成人の事件」と規定している。したがつて、ただこの文言のみによつて解釈するなら、弁護人主張のように、「少年の事件」は別異に扱うべきであるという考えも成り立ちうるであろう。しかし、ことを実質的にみるときは、このような考えはこれを支持すべき理由に乏しいといわなければならない。少年法の右条項が、一定の罪の事件をかかげ、とくにこれを家庭裁判所の権限としたのは、いうまでもなく、これら少年の福祉を害する罪の事件は、少年保護の専門機関である家庭裁判所において取り扱わせることが、事案の処理の適正妥当を期するうえから望ましいということに基づくものである。このような立法趣旨に照らすと、同条のもつ意義は、これら少年の福祉を害する罪の「刑事事件」を家庭裁判所の権限とした点にこそあるというべきであつて、このような刑事事件について.さらに成人が犯したものと少年が犯したものを区別し、これを別異に扱うべき合理的な理由は全く見出せない。結局、同条の「成人」という文言は、立法の当時、これらの罪を少年が犯すというような事態があまり予想されなかつたことのために用いられたというに止まり、とくに限定的な意味を与えられているものではないと解すべきである。

弁護人が、主張する理由の第二は、二〇歳未満の者の刑事事件は、家庭裁判所においては取り扱わないというのが現行法の大原則である以上、少年法三七条一項にかかげられた罪の事件でも、これを少年が犯した場合には、この少年の刑事事件の一般の例にしたがい、家庭裁判所に公訴を提起しなければならないと解すべきであるというものである。

現行法が、少年の刑事事件を家庭裁判所において取り扱わないことを建前としていることは、まことに弁護人主張のとおりである。しかし、これは、家庭裁判所が、少年に対するものであつても、一般に「刑事事件」を取り扱うのは適当でないという理由に基づくものである。しかも、他方、家庭裁判所は、少年の事件であれば、刑事事件はともかく、保護事件については、本来権限を有するのに、成人の事件に関しては、およそ権限を有しないことがそもそもの建前となつている。ところが、少年法三七条一項は、とくに例外として、刑事事件について、しかも、成人の事件に関しても、家庭裁判所の権限を認めているのである。この場合、少年の事件に限つてはこれを除外しているものとすれば、なにゆえにそのような区別がなされたのか、その理由を理解することができない。すでにこのように成人の事件について家庭裁判所の権限が認められるべき場合であるなら、被害者のみならず、被告人そのものも少年であるような場合には、少年たる被告人の処遇の適正をはかるという見地からも、なおさらというべきであろう。

結局、当裁判所は、以上のような理由により、少年法三七条一項にいう「成人」の文言は限定的に解すべきでなく、本件のように同条項にかかげる罪を少年が犯した場合においても、公訴は、地方裁判所でなく、家庭裁判所に提起すべきであると考える。したがつて、この点に関する弁護人の主張は、これを採用することができない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 菊池信男)

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